アジア成長研究所(AGI)は、2013年7月から新聞、テレビ、ラジオ、電子媒体など北九州で活動するメディアとの交流会「MAGI会」(メディアとAGIの会、2014年9月までの「イクメ会」を改称)を原則として月1回開いています。私どもの活動内容を地元メディアの皆さまにご認識いただき、広く地域社会にお伝えいただく一助とするとともに、メディアの皆さまとの意見交換を通じて地域社会の最新の情報ニーズを把握し、今後の活動に役立てるためです。
第20回「MAGI会」(メディアとAGIの会)
2015.4.21(火)18:00~20:00@AGI会議室(北九州市・大手町ムーブ6階)
話題提供者:岸本千佳司 上級研究員
テーマ:「台湾企業の成長戦略:台湾デルタ電子と安川電機の比較分析」
出席メディア:NHK、時事通信社、西日本新聞社、日本経済新聞社、毎日新聞社(50音順)
台湾企業が日本企業に比べて高い成長性を維持している理由について、電機電子部品・コンポーネント分野で台湾を代表する存在であるデルタ電子(台達電子工業)と日本・地元北九州を代表する安川電機との経営比較を事例に分析しました。
デルタは1971年創業(44周年)という新興企業で、安川は1915年創業(100周年)という老舗企業ですが、両社とも電機電子部品・機器単体の製造・販売から出発し、これをシステム化した制御装置や自動化機器へ、さらには再生可能エネルギー分野にも参入して総合環境エネルギー企業を目指す、という大まかな方向性では共通しています。
ただし、事業の幅や、顧客のニーズに合わせて単体機器を組み合わせて提供するソリューション(問題解決)ビジネスの進展度では後発のデルタの方が安川を上回っています。これはデルタが技術革新や市場ニーズの潮流を見極めて、そのニーズを満たすのに必要な事業を自社グループ内に積極的に取り込み、グループ内でソリューションの大部分をカバーする体制を志向しているためだと思われます。
他方、安川は世界初の技術をコンポーネントに採用することを強みとしており、どちらかというと依然1つひとつのコンポーネント・機器の強みを生かす事業展開を重視しています。このため、自社の技術領域を堅持した技術立社の傾向が強く、ソリューション事業を展開する場合も、自社供給はコア部分に絞り、その他の部分は他社との提携で賄う傾向がみられます。
国際展開については、市場開拓、拠点配置、研究開発、産学連携のいずれの分野でもデルタ電子の方が安川電機より積極的です。
この結果、両社の成長性を比較すると、世界の連結売上高では当初は老舗の安川がデルタを上回っていましたが、2000年代半ばにデルタが逆転し、直近(2013年度)ではデルタが約60億米ドル、安川が40億米ドルとデルタが安川の1.5倍の売り上げ規模になっています。連結での本業の儲け具合を示す売上高営業利益率ではここ15年間ではデルタが一貫して安川を上回っており、直近ではデルタが約12%(2014年)で、約7%(2013年)の安川に大差をつけています。その要因は事業拡大や多角化のスピードが速いことと、国際展開の積極性にあると分析しています。
ただ、日本企業と台湾企業との間には、自国の国内市場の規模や性質、自社での技術蓄積に取り組んできた歴史の長さ、それを土台とした品質・ブランド力といった点で大きな違いがあるため、長期的にみてどちらの経営戦略が優れているかについては、今後、慎重に検討する必要があると思います。とりわけデルタと安川では、得意とする製品分野(デルタはスイッチング電源、散熱用ファンなど、安川はサーボドライブ、インバータ、産業用ロボット)や主要顧客業種(デルタはIT・エレクトロニクスメーカー、安川は重電、自動車メーカー)、および戦略的事業分野(デルタはグリーン建築、安川はロボット)で違いがあり、必ずしも真正面から競合するわけではありません。
しかし、どちらも電機電子部品産業で広範な製品を扱い、グリーンエネルギー分野のソリューション企業として発展を目指すなど大まかには同じ土俵の上にいると考えてよいでしょう。自社のコア技術を活かしてより収益性の高い分野、将来の発展性の高い分野に如何にリソースをシフトしていくかが企業毎の戦略の問題で、過去10年ほどの成長性という点でみるとデルタの戦略はより効果的であったといえるかもしれません。ただし、安川電機も近年、ロボティクスヒューマンアシスト事業への注力や「グローカル経営」の推進といった戦略を打ち出しており、今後の発展が期待されます。
本研究はデルタと安川の比較という形をとっていますが、こうした事情から、両社の経営の優劣・勝敗について現段階で単純に結論付けることは出来ないと思います。ただ、日本とアジア(台湾)という大まかな比較では、2000年代以来、日本企業は「国際ビジネスは下手だが、技術ではアジア企業より優れており、巻き返せる」と主張してきましたが、業種・企業によるものの、現実には巻き返せていないことが少なくないようです。収益性が低いと、次世代の研究開発・事業開拓への投資で不利となり、結局技術でも負けることになりかねません。安川電機のような地元と日本を代表する優良企業と比べても、ある意味脅威となるような企業が、これまで「格下」と看做してきたアジアから出てきているということにもっと危機感をもってよいのではないでしょうか。
なお個人的には、台湾企業は、日本にとって競合であると同時にうまく付き合えば良きパートナーにもなり得ると思っており、今後はこの面にも注目していく予定です。
「台湾・デルタ電子はスピード経営と積極的な国際展開で高い成長率を維持している」と説明する岸本千佳司上級研究員
【主な質疑応答】
Q:環境エネルギー分野は日本企業がここまで負けると、日本そのものがダメになる。どういうテコ入れをしたらいいのか?
A:台湾企業が急速に伸びているのは、中国と関連が深い。台湾企業にとって中国は市場であり、工場でもあり、人材供給源でもある。言語も文化も共通で準国内市場的な面がある。これは日本企業より有利だ。またデルタは、インドのような他の新興国にも工場建設をふくめ積極的に進出しており、こうした国際展開力では日本企業の多くを凌駕しているだろう。台湾での現地調査の中で、デルタを含めた台湾企業の多くから、こうした強みを基に日本企業とのパートナーシップを望む声をしばしば聴いた。
Q:安川電機の海外進出は遅きに失したのか?
A:日本企業としては、積極的に海外展開に取り組んでいる方だと思う。安川電機は日、米、アジア、欧州と世界市場を4極体制でみるバランスの取れた海外展開であり、中国に過度に依存していない点は利点とも言える
Q:日本企業は研究開発で差をつけられると、本当に太刀打ちできなくなるのではないか?
A:一般に日本企業は自前主義が強く、Open Innovationが苦手であるといわれる。ロボットのような高精度のメカトロニクス分野では、安定雇用を前提とした自社内でのコア技術の長期的蓄積という日本式のやり方が有効かもしれない。ただ、デルタは独自の研究開発も疎かにせず、同時に世界各地に多くの研究開発拠点を置き、産学連携も積極的に活用している。変化の速いグローバル化の時代には、こうしたやり方が有効な領域が広がっていると思われる。
Q:デルタのベンチマーク(目指す目標)企業はどんな企業か?
A:色々あるが、主にはシーメンス(独)、ABB(スイス)、エマーソン(米)、シュナイダー(仏)の4社と聞いた。安川電機については、産業オートメーション分野での強豪として認識しているようである。
(協力研究員・江本伸哉)
更新日:2015年5月13日
カテゴリ:研究交流